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宇都宮地方裁判所 昭和22年(ワ)108号 判決

原告

栃木縣下都賀郡稻葉村大字上稻葉千二百六番地 大場市重郞

被告

右代表者司法大臣

鈴木議男

同大藏大臣

栗栖赴夫

同農林大臣

波多野鼎

右指定代表者

東京農地事務局長 田邊勝正

同代表者

栃木縣知事 小平重吉

被告

同郡南犬飼村 南犬飼村農地委員會

右代表者

會長 大關源一郞

被告兩名訴訟代理人辯護士

吉井晃

右當事者間の昭和二十二年第一〇八號自作農創設特別措置法及び同法施行令等不存在確認請求事件について、當裁判所は昭和二十二年十二月二十四日口頭辯論を終結し、次の如く判決する。

主文

原告の請求はいづれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

事實

原告は第一に、被告國は原告に對し昭和二十一年十月二十一日法律第四十三號自作農創特別措置法第一條久至第五十一條及び附則、同年十二月二十八日勅令第六百二十一號同法施行令第一條乃至第四十八條及び附則、昭和二十二年三月十三日勅令第七十九號自作農創設特別措置登記令第一條乃至第二十九條及び附則、同月十五日大藏、農林省令第二號農地證券發行交附規種第一條乃至第九條及び附則、昭和十三年四月二日法律第六百十七號、昭和二十年十二月二十八日法律第六十四號及び昭九二十一年十月二十一日法律第四十二號農地調整法第一條乃至第十七條ノ六及び附則、昭和二十一年一月二十五日勅令第三十八號及び同年十一月二十一日勅令第五百五十六號同法施行令第一條乃至第四十九條及び附則並びに前記法令に基く一切の農林省告示及び農林大臣訓令が存在のないことを確認すべし。若し右請求が理由ないときは豫備的請求として、被告國は原告に對し前記自作農創設特別措置法中第三條第六條乃至第九條、第十二條、第十五條、第三十條等農地買收に關する一切の規定、同法施行令中農地の買收に關する一切の規定、前記自作農創設特別措置登記令中農地の買收に伴ふ囑託登記に關する一切の規定が無效であることを確認すべし。第二に、被告村農地委員會は原告に對し別紙目録記載の土地につき昭和二十二年八月二十三日附を以てした農地買收計畫を取消すべし。なお訴訟費用は被告等の負據とする旨の判決を求めその請求原因として、

第一(1) 被告國に對する第一次的請求について、請求の趣旨記載の法律、勅令、告示、訓令等はいづれも大日本帝國憲法(以下假に舊憲と稱する)の施行當時その規定による法律、命令の形式を以て制定公布され又はこれらに基く告示、訓令として公布されたものであるが、舊憲法は日本國憲法(以下假に新憲法と稱する)とその原理において相反するものがあるから新憲法前文第一段の規定によつて新憲法施行期日の前日たる昭和二十二年五月二日の終了と共にその效力を失つた。されば前記法律、勅令告示、訓令等は新憲法において特にその效力を存續させる旨の規定を設けない限り法理上當然に舊憲法の失效と時を同じくしてその效力を失はねぱならない。

新憲法は舊憲法がその第七十六條第一項において憲法に矛盾しない現行の法令に遵由の效力を認める旨を規定したのに對し、なんらこの種の規定を設けてゐない。即ち新憲法第九十八條第一項は新憲法の條規に反する法律、命令、詔勅がその效力を有しない旨を規定するが、これは新憲法の施行後制定公布されたる法律、命令、勅令等の憲法との關係を律するに止まり、新憲法施行の際現に效力を有する法令についてそれが新憲法の條規に反しない限り原則には效力を存續する旨を規定したものと解すべきではない。又新憲法第百條第二項は新憲法施行のため必要な法律の制定について規定するがこれも亦新憲法施行の際現に效力を有する法令の效力について經過措置を爲すことを認めたものではない。後つてこの規定に基く昭和二十二年四月十八日法律第七十二號日本國憲法施行の際現に效力を有する命令の規定の效力等に關する法律第一條及び第二條並びに同年五月三日政令第十四號の各規定は新憲法の認めない事項を規定したもので固より無效である。その他新憲中現行の法令についてその效力存續を認める趣旨の規定は全くないのである。

それ故 頭摘記の法律、勅令、告示、訓令等は前記の如く當然にその效力を失び新憲法施行期日たる昭和二十二年五月三日以降は法令として存在しないと謂ふ外はない。

然るに被告國はこれらによつて強權的に農地買收を企てさしあたり被告地農地委員會をして昭和二十二年八月二十三日自作農創設特別措置法及び同法施行令に基き、原告の所有する別紙目録記載の土地について同目録記載の對價による農地買收計畫を定めさせた。原告はこれにより右農地の所有權を不法に侵奪される危殆に頻するに至つた。

そこでこれを未然に防止するため右所有權に基き被告國に對して前記法令不存在の確認を求めるものである。

(2) 被告國に對する豫備的請求について、若し右第一次的請求が理由なく畢竟右法令が形式的にはなお存在するとしても、豫備的請求の趣旨に記載した各法規規は新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸し從つてこれによつて農地買收が行はれるときは同條第一項の規定する財産權不可侵の原則を侵害する虞あるものであつて同法第九十八條第一項の規定によつて無效たるを免れない。

即ち新憲法第二十九條第三項は苟くも私有財産を收用するためには(イ)その目的が「公共のため」にあること及び(ロ)これにあたつて「正當な補償」が爲されることを要する旨を規定する。

而して右(イ)の要件は收用された私有財産が「社會一般」又は「世間衆人」のために用ひられることを要する趣旨であつて、私有財産を收用することができるのは例へば國、公共團體等が、學校、病院、道路、公園等を建設する如き場合に限ることは同條第一項の例外規定であることから當然のことである。

自作農創設特別措置法第一條の規定によれば同法が耕者作の地位を安定してその利益を圖るため自作農を創設することを目的とするものであり又この自作農創設の事業が小作人と地主との間の農地の賣買によつて行はれたと謂ふ沿革に鑑みると同法第三條、第六條乃至第九條、第十二條、第十五條、第三十條等の規定によつて行はれる農地の買收は特定の個人たる耕作者のために爲されるものであつて毫も前記の如き趣旨の「公共のため」に爲されるものではないと謂ふべきである。

從つて同法中農地買收に關する法規、同法施行令中同關係の法規並びに自作農創設特別措置登記令中これに伴ふ囑託登記に關する法規はこの點において既に新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸する。

又前記(ロ)の要件は私有財産を收用するにあたつては(a)右憲法の條項自體による補償手續を經ること、具體的には右憲法の委任によつて私有財産收用によつて生じる損失の補償に關する般的規定たる單行の法律を制定し該法律の定める手續によつて補償額を決定すること及び(b)これによつて現在の物價に則して客觀的に公平妥當な損失の賠償が爲さるべきことを要する趣旨である。

自作農創設特別措置法第六條の規定によれば、農地買收の對價に原則として市町村農地委員會が農地買收計畫を定めるにあたつて當該農地につき地租法による賃貸價格に、田にあつては四十、畑にあつては四十八を乘じて得た額の範圍内においてこれを定めることになつてゐるが、これは第一に、右(a)の如き補償手續を履〓しないものである上、これによつて決定される買收の對價は到底現實の物價に則した公平妥當な損失の補償と謂ひ難いものがある。蓋し、地租法による賃貸價格は同法第九條の規定に基く昭和十一年五月三十日法律第三十六號土地賃貸價格改定法の規定によつて昭和十三年一月一日から實施されたものであつて、右地租法第九條の規定によつても昭和二十三年一月一日において改定さるべきものであるのみでなく、物價の騰貴が戰前に比べ政府の物價安定目標においても六十五倍、實際においては百倍にも及ぶ今日にあつてはこれを基準として算定される買收の對價は一般の物價に比し著しく僅少な額となるからである。

從つて自作農創設特別措置法、同法施行令、自作農創設特別措置登記令の前記規定はこの點において亦新憲法第二十九條第三項に適合しないのである。

然るに被告國がこれらによつて農地の買收を企て、原告が將にその農地所有權を侵害されんとしてゐることは前記の如くである。よつて右所有權に基いて右法規の規の無效確認を求めるものである。

第二、被告村農地委員會に對する請求について被告は前記の如く原告所有の農地について買收計畫を定めたがその準據した自作農創設特別措置法第六條等の規定は前記の如き理由によつて形式的に法令として存在せず又少くとも新憲法第二十九條第三項の規定に違背する無效のものであるから右買收計畫は行政廳の違法な意思表示である。尤も右買收計畫はそれのみでは買收の效果を生ずべき行政處分ではないが同法第七條の規定も認める如く不服の申立を許すべき意思表示であるから、原告村農地委員會に對し前記農地買收計畫の取消を求めるものである。

なお原告は昭和二十二年八月二十四日被告村農地委員會に異議の申立を爲しその却下決定を受け、更に同月二十六日訴外栃木縣農地委員會に訴願を爲しこれ亦却下の決定を受けたものである。と述べ、立證として、甲第一乃至第三號證、第四號證の一乃至三、第五乃至第十二號證を提出し、乙號各證はいづれも不知と述べた。

被告兩名訴醍代理人は主文同旨の判決を求め、答辯として、

第一、原告が被告國に對して請求するところは法規自體の不存在又は無效確認にあつてその實現の結果たる特定の權利又は法律關係を訴訟物とするものではないから、訴訟の性質上許さるべきものでなく請求それ自體において失當たるを免れない。

第二、原告主張の請求原因たる事實中被告村農地委員會が原告主張日時原告主張日時原告主張の如き農地買收計畫を定めたことはこれを認めるがその準據となつに法令には原告主張の如き憲法違反の點はない。即ち、

(一) 原告は自作農創設特別措置法等その主張の法令舊憲法の失效と同時にその效力を失ひ法令としては形式的に存在しないものである旨を主張するがその理由なきことは今更言を俟たない。

(二) 次に原告は自作農創設特別措置法の規定は(イ)これによつて買收せられる農地を「公共のため」に用ひるものではなく又(ロ)その買收の對價において「正當な補償」でないから、この二點において新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸するものである旨主張するがその失當たるや明らかである。

即ち

(イ) 先づ國家が私有財産を收用することのできる例外的場合として同條項の規定する「公共のため」と謂ふ要件は財産權不可侵の原則が最初に宣言されたフランス革命時代から百五十年の日時を經過する間に次第に緩和されて來て今日においては既に國家が公共の福祉のため社會政策を實施する場合を含む如き解釋が採られてゐることを考ふべきで原告主張の如く徒らに文理解釋を墨守すべきときではない。

自作農設特別措置法は買收農地を小作農に賣渡すことより「自作農を急速且つ廣汎に創設」せんとする制度であるが、その第一の目途となつてゐるところは「耕作者の地位を安定しその勞働の成果を公正に享受させる」ことにあるのであつて、このことは新憲法の理想とする經濟民主代の線に沿つてその最少限度の要請たる「勞働する限り健康で文化的な最低限度の生活を營むことのできる」社會組織(同法第二十五條、第二十七條)を先づ農村において實現することとなり又日本國政府が昭和二十年八月十四日ポツダム宣言を受諾し同年九月二日降伏文書に調印したことによつて連合國に對して負擔したところの「日本國國民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に對する一切の障碍を除去す」べき義務の履行行爲として、又その具體的施策を指示する昭和二十年十二月九日附、連合軍最高司令官の官の農地改革に關する覺書」の趣旨に從つて、「數世紀に亙る封建的壓制の下に農民を奴隷化して來た經濟的桎梏を打破する」所以に外ならない。この制度はこのことによつて更に第二段の目標として「農業生産力の發展」と「農村における民主的傾向の促進」とを企圖するのであるが「農業生産力の發展」こそは現下の日本において民族生存のなめに最も急務であるとされる食糧の確保に寄與し且頻死の状態にある國民經濟の復興の基盤を形成するものであり、又「農村における民主的傾向の促進」こそは日本國民全體の民主的傾向の促進の基礎となり得るものであると信ずる。從つて自作農創設特別措置法の規定によつて農地を買收することはひとり原告主張の如く特定の耕作者の利益のみを圖るものではなく、公共の福祉のために社會政策を實施せんがためであつて決して新憲法第二十九條第三項の趣旨を逸脱するものではない。

なおこの法律の適切な運營によつて前記の如き諸目的の實現されることは取りも直さず來るべき講和條約において日本國が平和的な民主的産業國として認められる所以であつてそれこそ公共の福祉の最大のものでなければならない。又新憲法第九十八條號二項は條約又は國際法規の誠實に遵守すべきことを規定するが、前段の如きこの法律制定の由來に徴すればその實施を阻害する如き行爲こそ却つて右憲法の條規に違背するものである。

ロ 次に新憲法第二十九條第三項が私有財産を用ひる場合には「正當な補償の下に」之を爲すべきことを規定するのは當該買收制度の目的から見て合理的な補償を爲すべきことを要求するものと解すべきで、原告主張の如く個人の立場から見て完全な補償であるべきことを要求してゐるものと解すべきではない。

自作農設特別措置法第六條は成る程原告主張の如く農地買收の對價は原則として市町村農地委員會が農地買收計畫を定めるにあたり當該農地につき地租法の定める賃貸價格に田にあつては、四十畑にあつては四十八を乘じて得た額の範圍内においてこれを定めることになつてゐるが右の如き倍率は後記の如き自作收益價格から逆算されたものに過ぎず、原告主張の如く賃貸價格自體に何等かの意味があるものではない。而して同法が自作收益價格を以て買收の對價の基準としたことは買收制度の目的から見てまことに合理的である。即ち、

(a) 新憲法第二十九條第二項は「財産權の内容は、公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定める」と規定するが、農地調整法は第四條(農地處分の統制)第六條(農地潰廢の統制)第六條ノ二(農地價格の統制)第九條(土地取上の制限)第九條ノ二(小作料の金納化)第九條ノ三(小作料の統制)等の規定を設けて農地を現に耕作する者の利用收益權を強化しその結果從前の地主の農地所有權は既に小作料を徴收し得る權能に過ぎなくなり、一方自作農創設特別措置法は前記の如く現に耕作する小作農に對して農地所有權を付與しようとする。

よつて農地所有權の内容は今や農地を自ら耕作して利用收益することを以て實體とする如く法律で規定されたと謂うぺきであり、農地に對する「正當な補償」とは右の如き内容の農地所有權の對價でなければならない。この觀點からすれば自作農の純收益(反當生産米の價格から生産諸經費及び公租公課を控除したもの)から企業利潤を控除した地代擔當部分(自作農が土地を所有することから得る利益)を國債利廻で還元して得た自作收益價格を以て農地買收の對價とすべきこととなる。從つて又農地を自ら耕作せずに小作料を徴收する地主の立場から推算した所謂地主採算價格を以て農地買收の對價とすることの不合理なことは謂ふまでもない。自作農創設特別措置法第十三條が買收する農地の所有者に對し一定の報償金を交付する旨を規定するのは、地主採算價格と自作收益價格との差額を交付せんとするものであつて立法の妥協にすぎない。

(b) 而して農地の處分は前記の如く農地調整法の制限するところであり又その許容される場合においても同法によつて定められる統制額を超える取引は法の禁止するところであつて元來農地の價格については一般取引市場における時價は存在しない譯である。從つて農地買收によつて蒙るべき損失の補償は客觀的、法律的に考察するときは右統制額の範圍を出ずべきではない。この統制額は自作農創設特別措置法が前記の如く農地買收の對價の基準について規定するところと異らないが故に、原告が右農地買收の對價を以て不充分であると主張することは即ち右統制額を超える闇値を以て農地買收の對價とせよと謂ふに等しくその失當なことは明らかである。

(c) 更に又ここに考慮せるべきことは、自作農創設特別措置法が自作農を創設せんとするにあたつて採用した方式が前記の如く小作農による農地買取制であることである。即ち創設される自作農は國家が買收の對價として支拂つた金額を年賦の方法で償還しをければならない。

從つて農地買收の對價が不當に高價であるときはこれが直ちに右自作農の農業經營にとつて過大な負擔となり、同法の所記の目的はその逹成を阻害せられることになる。

この意味においても自作收益價格を以て農地買收の對價とすることは正當であり、之に反し地主採算價格或ひは農地の闇値を以てその對價とすることは不當であると謂はねばならない。

(d) なお農地買收の對價が前記の如く定められた後に政府においても再三米價を引上げた外一般物價の昻騰にも著しいものがあるけれどもこれに伴つて農地買收の對價を引上げねばならぬ理由はない。即ち

八百圓(但し包裝費及び報償金を含む)に引上げられたがこれは生産諸經費の增加を物價體系中に

(e) 米價は農地買收の對價が計算された當時石あたり百五十圓であり其の後の改訂によつて右あたり千おいて合理的に算計した結果に過ぎす前記の如き自作收益價格に於ける地代相當部分については固より變化がある譯ではないから、米價の引上は農地買收の對價を改訂すべき理由とならないのである。

(ⅱ) 又、地主の農期所有權は前期の如く既に金錢債權化し單に金錢小作料を徴收し得る權利に過ぎなくなり一定の元金こ對し利息を請求し得る預金債權又は國債と異るものがないから、いかに物價の昻騰があつても預金の元本額、國債の額面が變更しないのと同じく農地所有權の債値もこれによつて變更を見るべきものではない。米價が數字の上からのみ見て前記の如く十二倍に引上げられたことに應じ假にに農地買收の對價を從前の十二倍に引上るとすれば買收すべき農地の所有者は預金の債權者に比し著しく利得することゝなり其の均衝を失する明らかである。

(ⅲ) 更に農地は元來昭和二十一年十一月二十三日現在において實行すべきものであるのが手續上遲延してゐるに過ぎないと謂ふことができるとすれば農地の價値は同日における状態は釘付けとなつてゐるものでその後の物價の昻騰によつては何等影響を受くべきではない。

以上の如き次第であるから自作農創設特別措置法第六條の規定する農地買收の對價は同法の目的かな見てまことに合理的な補償であつて新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸するところは毫末もないと信ずる。

從つて被告農地委員會が自作農創設特別措置法の規定に準據して定めた前記農地買收計畫には適用すべからざる法令を適用したと謂ふが如き違法な點は全くないと述べ、立證として、乙第一號證、第二號證の一乃至二第三號證を提出し、甲第一乃至第十號證はその成立を認め同第六及び第七號證を利益に援用する、同第十一及び第十二號證は不知であると述べた。

理由

第一、原告の被告に對する請求は特定の權利又は法律關係を訴訟物とするものではなくして法令自體の不存在又は無效の確認を求めるものであるから訴によつて請求するに足りる權利保護の利益を缺き。從つて請求それ自體において失當にして棄却を免れない。

第二。被告村農地委員會が原告所有の農地について原告主張の日附對價を以て買收計畫を定めたことは被告の認めて爭はぬところである。そこで右農地買收計畫の準據たる自作農創設特別措置法及び同法施行令の規定について原告主張の如き憲法違背の點があるか否かを審究する。

一  先づ右法令が舊憲法施行當時その條規に基いて制定された法律又は勅令であり同憲法が新憲法の施行と共にその效力を失つたことは明かなことであるが、凡そ法令はその制定の當時正當な限ある者の正當な手續履踐によつて制定された以上その後において制定者がその權限を失つたとしてもこれによつて當然にその效力を失ふものではないと解するのが正當であるから、從來の法令は特に改廢せられぬ限り新憲法の施行によつてはその效力を動かされることがなくその名稱の如何を問はずなおその效力を持續すると謂ふべきであつて、新憲法中從來の法令の效力について特に舊憲法第七十六條の規定に類するものを見ないけれどもこの理に變りない。但し從來の法令でその内容が新憲法の條規に牴觸するものはその限りにおいて當然にその效力を失ふべきことは新憲法がその前文において明言する外第九十八條第一項において規定するところである。從つて自作農創設特別措置憲法及び同法施行令の規定はその内容において新憲法の條規に牴觸するところが限り新憲法の施行による舊憲法の失效と共に當然にその效力を失ふことがない原告がこれと相容れない見解に基いて右法令の不存在を主張するのは明らかに失當である。

二  果して然らば自作農創設特別措置法及び同法施行令は新憲法の條規に牴觸するところがないであらうか。原告は右法令が新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸すると主張するそこで先づ同條項の規定の趣旨を解明次で前記法令の規定するところをこれに照して究明しよう。

新憲法第二十九條第三項は同條第一項が財産權不可侵の原則を規定するに對してその例外として私有財産をその權利者の意思に基かないで收用又は使用(公用徴收)する場合の要件を規定したものであることまことに原告所論のとおりであるが、右要件とは(イ)その目的が公共のために用ひるにあること、(ロ)これについて正當な補償を爲すことであつて以下に之を分説すれば、

(イ)  第一の要件たる「公共のために用ひる」といふことは具體的な公共事業に用ひることであつて抽象的事由によつて財産權を收用するところの一般的負擔又は財産剥奪や同條第二項が規定する如き財産權に内在する社會的拘束とはその性質を異にするものと解すべきであるが、右公共事業とは一般的公益のため、例へば國家、公共團體學校、病院、鐵道、道路等を建設するために營む特定の公益事業に限らず廣く社會經濟上公共の福祉と爲るべき特定の施策であつて妨げないと解するのが正當であつて財産權不可侵の原則に對する例外規定であることを擧げて原告所論の如く殊更に狹議に解すべき理由はない。蓋し財産權不可侵の原則は沿革的には所有權絶對の思想に立却するものであること一般の見解であるが、既に同條第二項が規定する如く財産權の内容自體社會的拘束性を具有するものとせられる限り所有權と雖も社會性、公共性を帶有し徒らに往時の絶對性を誇るべきものではないから財産權を公共のために收用することも財産權不可侵の原則のやむを得ない例外であるとしてその目的たる公共事業の間に逕庭を設けるべきではなく苟しくもその目的が公共の福祉に存する限りこの要件を充足すると解すべきであるからである。

(ロ)  次に第二の要件たる「正當な補償」を爲すことゝいふことは前項の如き公共事業のために私有財産を收用又は使用するについてはこれによつて權利者の蒙る損失を正當な金額によつて補償しない限りこれを行ひ得ないこととして公用徴收に伴ふ正當な損失補償を憲法において擔保したものであるが、公用徴收に關する個々の制度において一定の損失、補償を爲すへき旨を定めこれによつて爲される補償が右の如き正當な補償を認められる限り公用徴收の要件を缺かないと解するのが正當であつて、原告所論の如く憲法自體の換言すれば憲法の委任によつて制定されるところの損失補償に關する一般的規定の定める補償手續を履踐すべきことまで要求するものと解すべき根據はない。而してその補償金額の正當性において爲されるものであることに鑑みれば損失の完全な補償であることを要するものとすることも理由があの所論亦こゝに前提をおくもののやうであるが、損失補償の制度が公益と私益との調和を圖り法律生活の安定を期する調節的技術の形式であつてこれによつて正議公平の理想が實現されるものと解すれば權利者においてその損失を或程度受忍すべきことが、社會上正當と認められる如き場合にはその受忍すべき程度を考慮して損失の一部を補償すれば足りると謂ふべきで要するに具體的な場合にその侵害行爲の態容と被侵害利益の性質とを考慮し正議公平の原則に從つて決すべきところである。

同憲法が「正當」と規定した所以はこゝに存するものと解する。從つて被告が買收制度の目的から見て合理的な補償であれば足りるとする所論は右のように解する限りにおいで正當である。

以上述べたところを自作農創設特別措置法について見れば

(イ)  同法は政府が一定の農地を買收し、これをその買收の時期において當該農地につき耕作の業務を營む小作農その他命令で定める考で、自作農として農業に精進する見込ある者に賣渡すことによつて、急速且つ廣汎に自作農を創設せんとするものであること同法第一條、第三條、第十六條等の規定によつて明らかてあるが、右の如くして小作農を自作農化する事業の終局の目的は原告所論の如く特定の耕作者の利益を圖ることに在るのではなく同法第一條の規定に從へばこの事業によつて直接には「耕作者の地位を安定し、その勞働の成果を公正に享受させる」ことを目的とし、更にこのことによづて「農業生産力の發展」と「農村における民主的傾向の促進」とを企圖するのである。抑々我が國における耕作面積五百五十萬町歩の内二百六十萬町歩が小作地に屬し、而もこれを耕作する小作農が地主の土地取上げにおびやかされ高率な物納小作料の負擔に苦しむ等極めて不利な小作條件の下に貧困且つ零細であり、その間おのづがら地主中心の村落秩序が成り立つてゐたことは顯著な事實であつて、かゝる事態は新憲法の經濟民主化の理想(第二十五條、第二十七條)に照し一刻も早く除去さるべきものであるか、小作農の自作農化が右の如き新憲法の要請に應じ先づその經濟的桎梏を打破して耕作者に地位の法的、經濟的安定を與へるものである。更にこのことが農業經營上有利な條件を準備することによつて農業生産力の發展に、又前記の如き地主中心の村落秩序を崩壊させることによつて農村における民主的傾向の促進に、夫々基礎條件を與へるものであるとはたやすく肯認し得るところである。尤も農業生産力の發展が更に農業經營の共同化等別個の施策に俟つところが多く又耕作農民の人格に基く民主的村落秩序の實現が農民自身の自覺を外にしては到底期待できず、その上自作農化した小作農が再び小作農に轉落しないことを保障する社會的施策を講じておくところもしなければならないことは固よりであるけれども自作農創設の事業がこれらに對する根本的な障害を艾除して最少限度の物質的基礎を形成するものであることは否定できない。

農地調整法(本法も新憲法施前に制定された法律であるが前記一に述べた如き理由によつて當憲法の失效と共にその效力を失はない)が農地の取上げを制限し(第九條)、小作料の金納化とその統制を圖り(第九條ノ二乃至九)、以て小作農の地位の安定強化を所期するから、これによつても前記の如きことは或程度逹成されると謂い得るであらうが、同法がなほ地主に農地所有權の保有を許す以上農地が何時かは地主に返還さるべきことを豫定するから農地に對する資本、勞力の投下において自作農の場合に比して劣るものがあり又金納小作料の法的統制によつてはなお闇小作料の發生を絶對的に防止することを期し難い上小作農が小作農に止る限り從來の地主至上の觀念を脱却して民主的意識に覺醒することを困難ならしめる虞があるから前記目的逹成のためには自作農創設殊別措置法徹底した施策に及ばない。

而して前記の如く同法の所有する終局の目的が實現されることになれば我が國において今日最も急務であるとされてゐる食糧增産確保に寄與することは勿論、そのこと自體において公共の福祉であると謂はねばならない。

果して然らば同法による自作農創設の事業は前述の意味における公共事業に外ならないからこのために農地の買收を爲すことは新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸しないと謂ふべきであつて原告のこの點に關する主張は採用に値しない。

(ロ)  次に自作農創設特別措置法第六條の規定によつて農地買收の對價決定の方法を見れば市町村農地委員會が農地買收計畫を定めるにあたつて原則として、當該農地について地租法の定める賃貸價格に、田にあつては四十、畑にあつては四十八を乘じて得た額の範圍内においてこれを定めることになつてゐる。而して右の如き基準の定め方が中庸田について自作農の反當純收益(反當生産米の價格から生産諸掛費及び公租公課の負擔額を控除したもの)から四分の利潤を控除した地代相當部分たる二十七圓八十八錢を固債利廻三分六厘八毛で還元して自作收益價格七百五十七圓六十錢を得た上これを中庸田反當の標準賃貸價格十九圓一錢で除して得た三十九、八五を四十に引直し、又畑については昭和十八年三月勸銀調査の田の賣買價格七百二十七圓に對する畑の賣買價格四百三十九圓の比率たる五十九パーセンテージを田の自作收益價格に乘じて得た四百四十六圓九十八錢をその自作收益價格とした上、これを畑の中庸反當標準賃貸價格九圓三十三錢で除して得た四十七、九を四十八に引直し以て田畑について云々自作收益價格の現行の賃貸價格に對する倍率を求め、これによつて個々の農地について簡易に自作收益價格を以て買收の對價の基準としたものであることは顯著な事實であつて原告所論の如く地租法による賃貸價格自體には對價の基準たるべき實質的意味があるわけではない。從つて原告がこの賃貸價格は昭和十三年一月一日から實施されたものであつて地租法第九條の規定が賃貸價格を十年毎に改定すべきことを定めてゐること竝びに現行の賃貸價格が現在の物價に均衝しないことを理由に前記對價決定の基準を論難することは失當である(なほ地租法による賃代價格の改訂は土地臺帳法第十一條の規定により昭和二十五年一月一日において行ふことになつてゐる)。

そこで前記の如き自收收益價格を以てする補償が前途の如き意味における正當な補償と謂ひ得るかを判斷しなければならない。

元來土地所有權を收用する場合の損失補償には原則として土地の一般取引市場における時價を含まねばならぬことは公平の觀念から當然であるが、農地については農地調整法第四條の規定によつてその賣買の統制が爲されてゐる外同法第六條ノ二の規定によつて價格の統制があるから一般取引市場における時價と謂ふべきものは存在せず農地の取引價格は右統制額の範圍内で定めらるべきものである。從づて農地買收による損失補償に含まるべき農地の取引價格は法律的には右統制額を超えるものを以てすべきではないわけであり。右統制額が昭和二十一年一月十六日農林省告示第一四號によつて前述の買收の對價決定の基準と同一に定められてゐることからすれば自作農創設特別措置法の定める農地買收の對價は一應「正當な補償」であると謂ふべきである。併し作らこれには更に實質的な考察を加へる必要がある。

先づ買收の客體たる農地所有權の性質について按ずれば農地調整法がその處分の制限(第四條)使用目的變更の制限(第六條)土地取上げの制限(第九條)小作料の金納化(第九條ノ二)その統制(第九條ノ三乃至九)小作契約の書面化(第九條ノ十)等の規定を設けたことによつて地主の農地所有權は從來農地を全面的に支配する權利であつたものが既に統制された小作料を徴收する權能を殘すのみとなり、更に自作農創設特別措置法がかゝる農地所有權を收用して前記の如く現に耕作の業務を營む小作農に對してこれを附與せんとしてゐることから推すときは農地所有權の本體は農地を自ら耕作して利用收益することに存すると解すべきである從つてかゝる農地所有權の收用によつて生じる損失の補償は農地を自ら耕作する者の收益から推算した前記の如き自作收益價格を以てこれを爲し若しそれ以上の損失があつたとしてもこれに相當する部分は地主においてこれを受忍すべきことが同法の所期する前記の如き目的に照し社會的に見て正當であると判斷する。

次にこの自作收益價格の算定について自作農創設特別措置法が地租法による賃代價格に對する一定の倍率を掲げて個々の地につき簡易にこれを算定できる如く規定したことは前記の如くであるが。同法の制定後昭和二十一年度産米及び昭和二十二年度産米についてその政府買入價格(生産者價格)が農地購入物資の價格どのパリテイ(均衡)計算に基き夫々石當五百五十圓、千七百圓と定められたことは顯著な事實でありこれによつて自作農の純收益が增加することは肯認することができるから一般の損失補償の性質から推論すれば右の如き新な資料に基いて同法の定める前記の倍率を引上げない限りこれによつて爲される對價の支拂は正當な補償でないと謂ふ非難も一應成立つところである。

併し乍ら同法による農地の買收は一般の公用徴收の場合とその趣を異にし豫め買收すべき農地の該當條件を概括的に規定し(同法第三條)これに該當すると推定される二百萬乃至二百二十萬町歩の廣汎な面積について急速に實施され又その實施の完了がいたづらに遲滯する如きことは同法の所期する目的逹成の效果が著しく減殺するものであると考へられ、一方右の如き米價の引上げに應じその都度前記の倍率を引上げに應じその都度前記の倍率を引上げることは買收さるべき農地の所有者に對する損失補償については確かに遺憾なきを期することができるのであらうけれども買收の對價の支拂が倍率引上げ時の前後において差異を生じ買收さるべき農地の所有者相互間に公平を缺くことゝなりこれを避けるため當時までに既に實施濟の買收手續を開始することゝすれば前記の如き廣汎な面積について買收の完了はおのづから遷延することを免れず結局同法所期する目的の實現に甚しい障礙となる虞れがあるからその損益を考慮するときは右の如き倍率の引上げは必ずしも妥當なものとは謂ひ難い。これを換言すれば前記の如き農地買收の目的と方式とはその對價について米價の引上げ如何に拘らず前記の如き倍率を据置きこれによつて算出されるものを基準として決定すべきことを當然に要求するものであつて前記の如き非難は失當であると謂ふ外はない。

以上の如く考察して來れば自作農創設特別措置法にはその定める對價の點についても亦新憲法第二十九條第三項の規定に牴觸するところは全くないのである。

從つて同法に基く同法施行令の規定中に憲法に違背するところは全く見出すことができない。

果して然らば以上と相容れない見解に基き被告村農地委員會に對し前記農地買收計畫の取消を求める原告の請求は失當としてこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負擔について民事訴訟法第八十九條を適用し主文の如く判決する。

(別紙目録)

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